小説文の理解

必勝国語は今日から小説文です。
初めに「2コマ漫画」から。
さて問題です。
「2コマ目で泣いているタロウの気持ちを答えなさい」
生徒からは
「嬉しい」が大半
「悲しい」は1名
正解は
「ありません」
この2コマからは判断ができないので正解は無い。問題には必ず正答がある。ではどうすれば正答が作りだせるのか?
例えば、この漫画(セリフ)に
タロウ君は今まで良くて70点だった。。。
この文が加われば「嬉しい」になる筈。
一方で
タロウ君はいつも満点がとれていたのに。。。
この文が加われば「悲しい」になる筈。
大切なことは
会話(セリフ)に惑わされないことと、地の文の説明をしっかり読むことである。
【会話以外の文を地の文という】
どちらが大切かと言えば「地の文」である。
と、この話をしながら感じたことがあった。
今の時代、SNSの普及によって活字離れが進んでいる気がしている。LINEであれば絵文字1個で気持ちを伝えることも可能だ。実際に自分も使っているのだが非常に便利だ。ガラケーどころかPCすら満足に触れなかった自分にとって絵文字1個は有難い。しかし、それに慣れてしまって活字離れ、特に漢字が書けなくった気がするのは自分だけだろうか。加えて、人の気持ち(感情)の伝え方も下手になった気もする。漫画の普及も同じ弊害を生んでいる気がする。漫画という絵から得られる感情は必ずしも同じではないだろう。少しのズレが生じる筈だ。
一方で、少しのズレが面白さを倍増するという側面もある。全ての人間が同じ考え方や受け取り方をしていては無機質だし、書き手は敢えて幅を持たせようとすることも多い。こういう意味では、自分は「幅」は賛成だ。
話を戻すが、この「幅」が美化されているのだろうか、今の生徒の思考回路は「幅」というより自分勝手だ。
国語の問題を解くときに、この自分勝手さは厄介。論理的思考が欠如している。では、これを取り戻すにはどうすればいいのだろうか。
それは「読書」と「会話力」だと思っている。読書を通して集中力がついたり語彙力が豊富になる。会話力を高めることで論理性を高めることができる。
「自由さが美しい」とされがちな現代、論理力を失った自分勝手が普遍とされては困る。

