靖国問題

靖国神社

東南アジア、特に中国と韓国からの反日運動材料にされる靖国神社
さて、最近は尖閣諸島問題などで揉めています
ところで、靖国問題は国内でも意見の分かれるところです
私も強い意見を持っています
wikipediaより引用
戊辰戦争終戦後の明治元年(慶応4年、1868年)6月2日に、東征大総督有栖川宮熾仁親王が戦没した官軍(朝廷方)将校の招魂祭を江戸城西丸広間において斎行したり、同年5月10日に太政官布告で京都東山(現京都市東山区)に戦死者を祀ることが命ぜられたり(現京都霊山護国神社)、同7月10・11の両日には京都の河東操錬場において神祇官による嘉永6年以降の殉国者を慰霊する祭典が行われる等、幕末維新期の戦没者を慰霊、顕彰する動きが活発になり、その為の施設である招魂社創立の動きも各地で起きた。それらを背景に大村益次郎が東京に招魂社を創建することを献策すると、明治天皇の勅許を受けて明治2年6月12日に現社地での招魂社創建が決定され、同月29日(新暦8月6日)に五辻安仲が勅使として差遣され、時の軍務官知事仁和寺宮嘉彰親王を祭主に戊辰の戦没者3,588柱を合祀鎮祭、「東京招魂社」として創建された。但し、創祀時は未だ仮神殿の状態であり、本殿が竣工したのは明治5年であった。
祭られる基準は、、、
新政府軍側のみ。遊就館の靖国の神々の一覧表では「明治維新」のみ。(彰義隊や新撰組を含む)旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者は対象外となる。
ここに疑問があるんだ
私は会津若松出身です
そう、会津藩、新撰組、白虎隊、鶴ヶ城、松平容保、京都新撰組、
旧幕軍である


近年でも以下のようなエピソードがあり、現在でも会津戦争の因縁の例として上げられる事が多い。
『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』では福島県出身の医師が山口県に赴任し、地元の女性と結婚しようとするが自らの両親に「山口県の女性とだけは駄目」と反対されるというエピソードが描かれている。
昭和61年(1986年)には長州藩の城下町である萩市が会津若松市に対して、「もう120年も経ったので」と会津戦争の和解と友好都市締結を申し入れたが、会津若松市側は「まだ120年しか経っていない」とこれを拒絶した。
天皇の信任厚かった松平容保
<a href="http://d.hatena.ne.jp/money_gettu/20120710/1341886094" target="_blank" title="錦の御旗も密勅も偽物ではあるが、この時点で薩摩・長州が官軍となった”>錦の御旗も密勅も偽物ではあるが、この時点で薩摩・長州が官軍となった


何を伝えたいのかというと
歴史は後世が作るものであり、作る側によって変わるということ
中国と韓国との揉め事も紐解くと面白い
歴史を勉強するとこは自分の未来像を知ることである
勉強とは点数を取ることが本当の目的ではない
自分の知識財産を蓄えることである

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