どうして勉強するのか

「どうして勉強しなければいけないの?」

「何の役に立つの?」
誰もが一度は思ったことがあるのでは

そういう私も、子供の頃はそう思ってた筈。

大人になってから微分積分など使わない
二酸化マンガンに過酸化水素水をぶっかけて酸素を発生させたりすることは無い
(職業にもよりますけどね)
でも、なぜか学校では、全員がそれを勉強させられます
どれだけ世の中が便利になっても、勉強だけはなくなりません
何故でしょう??
将来使わないことを、どうして覚えなければならないのでしょうか?

一方、「部活」や「習い事」には、多くの人が一生懸命取り組んでます。
例えば野球なんかは、プロになれるのは何十万人に一人という厳しい世界です。
冷静に考えると、将来野球で食っていける可能性なんてほとんどないはずですよね。
なのに、みんな頑張ってやる。

違うように見えて、どちらも理不尽である
しかし、それを拒否するも受け入れるも、必ず「理由」があります

「数学なんて必要ないし、、」という理由
「野球は体が丈夫になるから、、、」という理由

人間は相手に物事を伝えるときに、必ず「理由」を添えます
「理由」とは「自分を納得させるもの」では無く「相手を納得させるもの」ではないでしょうか。

「自分が納得すればいいじゃないか~」と思うかもしれませんが甘い

今までは「嫌いなものは切り捨てる」でも良かった
「あれって嫌いだから、、、」
「これの方がいいな~」
「英語が大嫌い、、、、」

好き嫌いの基準は「自分」です

しかし、高校受験は「自分が選ばれる場」です

嫌いなものに理由をつけて切り捨てる
好きなものに理由をつけて没頭する

嫌いな理由を納得させられる自信はありますか?
それを相手は認めてくれますか?

逆に

「自分には選ばれるほどの値打ちがあるんだろ~か?」
生徒たちは「自分を選んでください」「自分を選ぶとトクしますよ」
自信を持って言えますか?

実は、恋愛に就職に結婚、これからのみんなの人生は、「選ばれること」の連続

「選んでもらう」ためには、他人がトクするようなことを、こっちがしてあげられないと駄目
試合で活躍してチームを勝たせたり、おいしい物を作って人を喜ばせたり
一緒にいるだけで相手を幸せな気分にさせる、というのもそう

自分がトクすることしか考えられない人は、結果的に何も手に入れることができない

自分が幸せになりたい、と思ったら、まずは「身の回りの人に感謝」して、喜んでもらう必要がある
人を喜ばすには、自分の値打ちを上げるしかない。

一緒に競い合って自分を高めてくれる、クラスのライバルたちに感謝しよう
塾に通わせてくれたり、送り迎えをしてくれたりするご両親にも感謝しよう
みんなの想いに応えるためにも、キミたちは頑張って「よりよい自分」になってほしい。

「どうして勉強しなければいけないの?」
わかりましたか?

それは、
自分を磨き、自分の価値を高め、「他人から必要とされる存在になる」ため。
そして、それは結局、「誰よりも自由に、幸せに生きる」ためです

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