緊張感は責任感から
有言…言う(言った)
無言…言わない(言わなかった)
実行…成果を出した
不実行…成果を出せない
社会人で大切なことは「成果」を出したのかどうかだ。「実行」は「行動した」ではない。つまり、行動しても結果が出なければ意味がないのだ。
一番良いと言われる「有言実行」
目標を宣言し行動に移す。そして結果を出す。
一番悪いと言われる「有言不実行」
言ったこともやらない最低な人間。。。。ですかね????
私は悪いと思いません。有言する時点で自分に目標を課している。それって素晴らしい事。もちろん、言っただけで行動しなければ駄目ですが、私は「行動したのに結果が出なかった」で考えているので、悪いとは思わない。
では、最低は何か?
無言実行だろう。意外に思う人は多いのではないか。文句も言わず、黙々と仕事に励む、そんな姿を言うのでしょうか。今の社会には合わないのではないか。では、どうして私は最低だと思うのか。
事前に言わないで行動するのはいいが、結果がでると大抵はこんな話だ。
「やっぱりね。実はそうなると思ってた。」
「ほら、やっぱりそうなった。実はそうなると思っていた。」
「そうなんですよ。実はそうだったんですよ。」結果が出ないとこうだ。
「言ってないから、責任はないし」
「やるとも言ってないから。。」
「私はやりたくなかったけど、まわりで決まったことだから。。」ようするに「責任は取りたくない」「でも手柄は欲しい」。。。このような「そうですねマン」は会社を駄目にする。
このような人間には共通点がある。できないことを前提としているので「言い訳」が用意してある。当然、自分から発信してもいないから責任をとるつもりもない。
言葉を発信するって大切だし代表なら尚更だ。自分の言葉がどのよう影響を与えるのか、重みを持っているのか。講師に指示を出す。それに責任を負う。講師に指導する。そこには責任感を負う。生徒に指導する。そこにも責任を負う。全てに責任の所在を持たせると環境は安定する。
先日書いた「大手学習塾が閉鎖」の件、どうして閉鎖するのだろうか。看板だけで生徒も募集できると思うのだが。立地的に○○○が強いエリアだから私は絶対に開校はしないが。。確かに生徒の出入りは多くなかったかもしれない。そんな調査も入手。では絆はどうなんだ。こんな小さな塾だ。近くには○○○○が開校予定だ。よい話なんてないかもしれない。
しかし、講師の人間性や責任感では絶対に負けていない。私は絶対的に責任を負う。だから指導も指示もアドバイスもする。高いレベルの要求もするがそれにも応えてくれる。今日から加わった講師も含めて本当に感謝している。
言葉の重みが環境に緊張感を生み出す。だから生徒にも緊張感が伝わる。
それは保護者様にも伝わる。そして信頼関係に発展する。
他の塾見て「我が振り直せ」
この時期は本当に考えさせられる。

