選挙権年齢引き下げを考える
選挙権が得られる年齢を引き下げて18歳以上にする改正公職選挙法が、17日の参議院本会議で全会一致で可決・成立しました。選挙権年齢の引き下げは70年ぶりで、来年夏の参議院選挙から適用される見通しです。、、、、、
1945年の改正から70年、今後の教科書にも掲載されるであろう大きな時代の変革です。そんな大きな変革に思うところを書きたいと思う。
今の選挙権は20歳からであるが、私の20歳は大学生であった。選挙=国政参加などと深い知識も意識も無かった。当然、初めての選挙の時も「投票したって政治なんて変わらないし、、面倒だしな、、、」と言ったところ、2つ上の先輩が物凄い剣幕で私を怒った。
「選挙はお前に与えられた権利だ。それを行使すらしないで何をほざく。他に意見を言うのであれば、自分に与えられた権利くらいは行使するのが当たり前だろ」
ずしッと心に響きました。それ以来、私は全ての選挙の投票を欠かしたことがありません。
権利と義務は対義語です。権利を行使しすぎてもいけないし義務ばかり行使しても駄目です。バランスが大事です。
例として
権利「こんなに働いているのに給料安いな、、残業も多いし、、、」
義務「成果を出すのが義務。残業しないように計画的に仕事をするのも義務」
使われる社員は自分の権利を主張しがちですが、それ以前に会社が求める義務を果たさなければいけません。つまりどちらを主張しすぎてもいけません。
また、子供(生徒)の例として
権利「時間がないからワークなんて終わらない、、部活で忙しいから家で勉強なんてできない、、」
義務「時間を作ってワークをするのが義務。忙しくても勉強するのが義務。そもそも時間がないというのは言い訳」
成績が上がらないと言う生徒に限って「時間がない」「学校の授業がわかりにくいから」「部活が忙しいから」という自己都合の権利(言い訳)を言います。でも成績の上がる生徒は与えられた義務を最低限果たします。結果、成績の上がらない生徒は決まって「ワークすらやっていない」のがほとんどです。これでは上がりませんよね。義務を果たしていないことを、権利を主張する(言い訳を並べる)ことで隠そうと必死です。必死すぎます。
与えられた義務(宿題:仕事の量や仕事の成果)を果たしてこそ、自分の要求(言いたいこと:意見や要求)を言えるのではないでしょうか。
私は政治に意見があるわけではありません。しかし、自分に与えられた権利を行使することで政策や日常生活に対する不満を言うことが許されると思うのです。
勉強も同じですよね。ガムシャラに勉強して初めて不平不満を言うことができるのです。成績を上げたかったら「ワークやってない」とか「宿題忘れた」とか「宿題やってない」とかなんて有り得ませんよ。
先を考えて、志望校に合格したかったらそれ相応の勉強しなければ合格はできないよ。
夢を語りたいなら「義務」を果たしてからだ。
私はこれからも選挙を欠かすことはないでしょう。
それが私に与えられて権利であり、夢を語るための義務だからです。


